ベトナムの#MeToo(ミートゥ—)運動-ベトナムでも芽生えた#MeToo運動 男女平等の限界が露呈-

フェイスブックへの投稿が始まったのは4月19日のことでした。国内最大手新聞のトォオイチェーの若いインターンが指導係の編集者に性的暴行を受け、自殺を図ったというベトナム人ジャーナリストのメッセージです。その後数日も経たぬうちに、ベトナム中の女性がレポーターとして職場で働いていた際に受けた嫌がらせや虐待についての体験談の共有が始まりました。彼女達は投稿メッセージに、「#toasoansach(クリーンな編集室を)」、「#ngungimlang(泣き寝入りはやめよう)」、そして「#MeToo」とハッシュタグを付けました。

世界的な運動がベトナムに起こり、29歳のフリージャーナリスト、バオウェンさんの投稿は世間を巻き込んだ議論を引き起こしました。バオウェンさんの#MeToo運動に関するフェイスブックへの投稿に対するシェア数はおよそ2,000回にのぼり、「見て見ぬふりをしている問題」に対する声を上げたのです。その問題とは、世界と同様に、性的嫌がらせ・性的暴行はベトナムの多くの女性にとっても日常的だというものです。NGOのアクションエイドが出した2014年報告によると、ベトナム人女性・少女の87%が公共の場での性的嫌がらせを経験しています。

ウェンさんは、フリージャーナリストになるまでに3つの編集室で勤務していましたが、働き始めてすぐに業界特有の性的嫌がらせを認識しました。そしてこの問題は業界全体で日常的に起こっていると考えています。この10年ほど目にしてきた女性側からの抗議はささやかなものだったため、今回のトォオイチェー新聞に対する抗議にウェンさんは驚かされました。

「被害に遭った女性たちが声を上げても、全てがすぐに忘れ去られてしまいます」と、ウェンさんは取材に答えます。
韓国や日本、その他のアジア諸国は、#MeToo運動がニュースの見出しとなり、深く根ざしていた家父長制の影響が原因だとしていますが、ベトナムはそれとは異なります。ベトナムの女性の労働参加率は世界でも上位に位置しており、男女の学歴も同様で、議会での女性の割合も平均以上です。与党の共産党はこういった成果を強調することを望んでいます。国営ベトナムの声放送局は昨秋、ベトナムがこの20年で迅速に性差別排除行うことに成功した世界の国の上位に入ったと公表しました。けれども、ベトナムでも産声を上げた#MeToo運動は、女性に対する性的嫌がらせや暴力がしつこく残っていることを示しましています。教育や政治に至るまで、ベトナムの女性がアジア地域の中で自立している方だとしてもです。

2015年のベトナム刑法改正以前は、刑法で違法とされた性的暴行の定義は狭いものでしたが、最新の法律ではその定義は拡大され、「その他の性的接触」も含まれることになりました。けれども高いレベルで証拠が求められるだけでなく、男性の多い警察では理解が少ないため、ほとんどの被害者が事件を裁判に持ち込むことを阻まれてしまいます。韓国では、自国の性教育が時代に逆行した犠牲者非難であると批判が起こっていますが、ベトナムの学生は、性的暴行についての情報はほぼ知らされません。また、性的不品行に対する行動規範や告発システムを設けている職場もほとんどありません。

ベトナム社会発展研究所の設立者で所長でもあるクアットトゥホン氏は、性差別問題の取り組みに対し、ベトナムでは社会的関心がほとんど見られないとしています。同氏は2004年に、当時ではまだ新しかった、ベトナムの性的嫌がらせに関する本を執筆した社会学者でもあります。性的嫌がらせは、そのように認識されていなければ、多くの場合は、女性に対する普通の男性の普通の接し方だとみなされます。

「性的嫌がらせというものが、ベトナムでは人権問題というより文化的なものだと考えられているのでしょう。ただ、それが職場で起これば政治的関心事になり、そうなると多くの人が関わってくることとなります。そして犠牲者を黙らせたり、事実を隠ぺいするために多くの力が働くのです」と、ホン氏は話します。

上級編集者のダンアイントゥアンが、ホーチミン市人文社会科学大学のジャーナリズム専攻の学生インターンに性的暴行を加えたことを訴えた投稿が上げられると、トォオイチェー新聞は声明を発表し、インターンの学生が自殺を図ったことを否定しました。その後の同新聞の記事によると、編集委員会は4月19日、トゥアンに停職を命じ、内部調査を始めたとのことです。のちにトゥアンは辞職を申し入れ、同新聞は警察に届け出たと報じていますが、トゥアンは全面否定しています。(トォオイチェー新聞編集部への電話インタビューでは、コメントを拒否されました。)

ソーシャルメディアによりこの話が世間を駆け巡ると、ジャーナリズム関連の仕事に就いている女性を含む複数の人が、事件の責任はそのインターンにあるというコメントを出しました。彼女のキャリアをサポートすると持ちかけられ、それに同意したに違いないというのです。

学生のブイトゥーさん(22歳)は、ホーチミン市で被害者となったインターンの女性と共に学んでいたましたが、こういった反応には驚きませんでした。編集室で働く女性たちは、上司と付き合ったり、夜を共にすることが、昇進のチャンスへダイレクトに結びつくと考えるようになるからだと、ブイトゥーさんは話します。また、こういった文化にたてつくことは難しいと言います。若いレポーターの昇進には上司からの直接の推薦が必要なため、女性達は声を上げることでジャーナリストへの道が閉ざされるのではと思い悩むのです。トゥーさんは、昇進のためにはハラスメントを受け入れるしかないと感じ、その業界から去ることとなった女性を複数知っています。

トゥーさんも編集室でのインターシップ期間に、女性達が同僚の男性たちにハグや、その他のスキンシップをやめるよう求めても、相手にされなかったのを目にしています。「私たちがそういった行動に反応すると、男性陣は、みんな大家族の兄妹姉妹なのだから、そんなに深刻に受け取るなと言うでしょう」と、トゥーさん。

ベトナムには、女性は貞淑であるべきだというような、男尊女卑の伝統的儒教思想の影響が今も残っています。どんな形であれ性的虐待について声を上げることは、恥をさらし、非難を受ける可能性があります。また、性的嫌がらせを受けた後のことにも責任を持たなくてはならなかったと、取材に応じた女性たちは話していました。トゥーさんは一度、夕方頃に年上の既婚男性とオフィスでコーヒーを飲み、車で家まで送ってもらったことがあります。その際、ホテルの前を通り過ぎようとしたあたりで、その上司は速度を落とし、一晩どうかと聞いてきたそうです。彼女はそれを断り、その上司もそれを受け入れ帰途につきました。

トゥーさんは「すぐにでも車から降りたかったです。とても混乱しました。好意を持っていると誤解を招くような行動をしただろうかと考えました」と言います。